人は誰でも夢見る・・・覚えているかゆうべの・・・ その夢を・・・話してごらんよ・・・ 楽しい夢や怖い夢・・・私が配って歩く・・・ ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- scene1 私立南青山高校3年B組 「おい、こら、起きろ!」 目覚めよと呼ぶ声が聞こえる。あれもクラシックの名曲のひとつだが、私はアレンジを加えたもののほうが好きだった。やはりクラシック は生演奏に限る。教会の壁にたたずむ大きなパイプオルガンの音を静かに物思いに耽りながら・・・そう、まさしく「静聴」するのが 理想的な朝の目覚めであり、それを毎朝聞ける自分はなかなかに幸せ者だと思うのだった。 ・・・が、この闖入者はそんな高尚なものではなく、ただ怒鳴って私の眠りを妨げるはなはだ不愉快な存在であった。 「ん・・・なんだ・・・」 「なんだじゃない。ほら、休み時間終わったぞ。移動だ。社会科室に行くんだろ?」 「うむ・・・だがしかし俺は眠い・・・我が眠りを妨げるものはファラオの呪いに遭うぞ・・・」 「はいはい、馬鹿言ってないで行くぞ。おまえと違って俺は皆勤賞がかかってるんだ。置いていくぞ」 「ふああ・・・わっかりましたよ・・・ちょっと待て・・・」 劣等生。そう呼ばれて幾星霜。毎回学年でもトップクラスの成績を取っているこいつがいまだに俺にかまうのは理解しがたかったが、まあ 友人というものは多いに越したことはない。などと思いつつも一応聞いてみる。 「しっかしなんで俺にかまうんよ?どうせ授業たって興味なければ寝てるだけなんだからさ。ここで寝ておけば俺の慢性睡眠不足も少しは 回復するし・・・」 「別に。なんとなくだよ。放っておくとろくなことをしなさそうだし。ああ!もうチャイム鳴っちゃったじゃないか!ほらあ!」 「へえへえ・・・」 私は仕方なしに友人A・・・もといまぁちゃんに付き合うことにした。 廊下とは元来走るために創られた空間だ。一番端の教室からシャトルランのようなスタートを切って、歩いている人々をニュータイプの 直感でかわす。これこそ学校の廊下の醍醐味であって、そのために他人にかかる迷惑なぞ知ったことではない。 「・・・みえる!」 ひとり・・・ふたり・・・私は若いころ鍛えたバスケの実力をいかんなく発揮し、次々とかわした。 飛び出てこようものなら・・・ 「・・・じゃまぁ!」 先日ボクシングのビデオで見たフックをボディーに叩き込む。こんなことをしているから問題児扱いをされるのであろうが。 「こ、こらこら!無関係な一般市民を沈めるんじゃない!」 「おお、悪い、つい・・・ま、次からは気をつけろよ。俺の前にでるとこういう目に遭うんだ」 「おまえが気をつけろよ・・・」 「いや〜、新しい技を覚えたら使いたくなるのが人情ってもんで・・・あ、そうだ、柔道でさ、連携習ったんだ。かけていい?」 「いやだ」 「そりゃ残念」 社会科室につくとちょうど授業がはじまるところだった。今日はどうやら第二次世界大戦の時のナチスの迫害についてのビデオの ようだった。私は昔興味を持ってさんざん調べたのでいまさら見る気が起こるわけもなく、静観・・・もとい爆睡することにした。 思えば・・・長い3年間だったな・・・いろんなことがあったっけか・・・ ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- scene2 中央区立築地中学校 「なあまぁちゃんはどこの高校行くんだ?」 「ん?俺?そうだな、南青山高校に行くつもりだけど」 「あのおぼっちゃん校か。そうだなあ、まぁちゃんにはぴったりかもな」 「どういう意味だよ。俺は昔からミッションスクールに行きたかったし、推薦もらえそうだから」 「そっか・・・じゃあ俺も気が向いたらそこに行こうかなあ・・・」 「無理」 「どういう意味だよ・・・俺が嫌いなのは学校の授業だけだってば」 このころから私は校外の模試ではいい成績をとっていたが、学校の勉強はからっきしだった。もともと勉強ではなく教師の人間性のほうに 興味があったからかもしれない。これが後々に大学を教授で選ぶという行為につながるわけだが・・・ 「ま、そうだね。君の成績ならなんとかなるかもね。・・・推薦はぜっ・・・・・・たい無理だけどね」 「そんなに力込めんでも・・・ひどいなあ、まぁちゃん。俺がその気になればどこだって行けちゃうよ?」 「はいはい、その気になればね」 「問題なのは俺じゃなくて俺を本気にさせない学校の勉強のほうだって。つまらないじゃん」 「でもつまらないことだって本気になれないことだってやらなきゃならないのが学校だし、社会に適応するってことだろ。少しは真面目  にやれよな。・・・っていったって無駄か・・・」 「そそ、無駄無駄。何言ったって自分でわからないと聞きゃしないんだから、この人は」 「自分でいうなよ・・・じゃあ君は何に興味があるのさ?」 「そりゃもちろん哲学と世の中の一般常識でしょ。人が生きる上ではこっちのほうが古文や数学より重要なんだよ」 「でもいい会社入って、いい人生送るには勉強が必要なんだってば」 「あ〜、はいはい。そういう大人の理論なんか聞きたくないね。子どものうちくらいはもっと柔軟な思考をだな・・・」 「わかったわかった。そんなこといってたって君も大人になっていくんだから」 「だぁかぁら。俺はそういうつまらない大人にはなりたくないっていってるんだってば」 「ま、何にしても、受験勉強がんばってね。俺はもう決まっているようなものだから帰って授業の予習でもするからさ」 「ああ、わかった。俺は・・・どうしようかな。ゲーセンで暴れる・・・ね〜ちゃんと茶しばきにいく・・・」 「あんたは関西人か。さて・・・じゃあまた明日」 「おう。じゃあね〜」 先のことなんかわからない。でもわからなきゃならない。そうはいっても男は1時間後くらいしか考えないものだ。女は1年後を考える らしいけどね。 「Mr.Jの悲〜劇は〜岩より重〜い〜♪」 はやりというわけでもなかったが私はこのころからチャゲ&飛鳥が大好きだった。つまらないことで落ち込むとYAHYAHYAHを 歌って気を紛らわせたものだ。 さて、ホントにどうしようか。 実は彼には言わなかったが、この頃私は学習塾というものに通っていた。学校の授業よりはおもしろかったし、それなりに成果 もあったが、気が向かない時にはよくサボって、自転車で遠くに行った。 そうは言っても、出かけるのは午後6時過ぎ。せいぜいが東京タワー、秋葉原、遠くても五反田程度だった。 横浜というのはあこがれの街だった。なぜだか昔から私の身の回りであの地域出身の人々は物に執着がなく、とても・・・とても優しい 人ばかりだった。だが、今はもうその人たちもそこにはおらず、ただ空だけが遠く広がるばかりだった。 だった・・・そう、すべては過ぎ去りし過去にすぎないが、それでも私はその影を追い求め、そしてその破片だけでも見つけようとする。 人はそれを繰り返す。ただ、自分ではそのことに気付けないのである。 男は母親に似た女を好きになるという話があるが・・・それもまたその‘影’のひとつなのかもしれない。 「ん〜、今日は屋上で昼寝・・・じゃなかった夜寝に決定!」 銀座という特殊な環境から私はビルの最上階に住んでいた。管理人ではなかったが、20年も前からそこに間借り していたためもうそこの家主と変わらなかった。 その真下が親の仕事場だったから、そんなところでサボっていたというのも今考えれば随分間抜けな話だ。 「〜♪」 築40年は経とうかというボロビルにエレベーターなどという洒落た代物は当然ない。私はバッハの忠実な羊飼いというソナタを 吹きながら階段を駆け上った。 屋上への扉を開けるとそこには一般の人間が知る銀座の姿はなかった。 周りの建物はすでにだいぶ老朽化しており、ところどころ塗装がはげていた。この屋上も長い年月風雨にさらされたおかげでもはや見る 影もなかった。 遠くに古ぼけたコロムビアレコードの広告塔が建ち、横に真新しい電光掲示板が光を放っていた。 空を見上げても見えるものはほとんどなかった。人の手によって作られた新しいバベルの塔と・・・ 長き時に渡りこの地球を見つめつづけた月だけがただその姿をこのちっぽけな自分の眼に映すだけだった。 「人は思い出を忘れるから生きていける。だが、決して忘れてはならないこともある・・・か」 自分にとって忘れてはならない思い出ってなんだろうか?忘れてはいけないことはある。 メメントモリ・・・人がいつか必ず死ぬことを忘れてはいけない。 だが思い出の中で忘れてはいけないことは・・・ないような気がする。それまでの人生すべてが自分から消え去ってしまってもこの体と ものの考え方が残っていれば十分だ。過去など必要ない。だが今の自分を形作っているのは間違いなく過去があるからなのだ。 この二重のパラドックスから私を解き放ってくれるものはあるのだろうか? 繰り返される答えのない問い、永遠に終わることの無いテーゼ・・・人が言葉を使い始めてから幾度となく繰り返されたもの・・・ それこそが哲学だろう。多くの人間がその身から遠ざけ、価値の無いものとする学問・・・ 当然といえば当然のことだ。少なくとも答えがない問題など義務教育の学校では教わらない。 1+1は2だとその理由すらも教えられずにただ覚えさせられた日本人には縁遠いものなのだから・・・ いつからこんなひねくれた性格になったかは定かではないが、自分が変わったと思い始めたのは中3の1学期にいわゆる不良と呼ばれる 人種に殴られた時からだろう。 その時に自分の口から血が出ているのをみて逆上し、相手を右腕骨折、全身14箇所の打撲に追い込んだ・・・ それまで自分をバカにしていた連中が近寄らなくなった。女の子達は遠くから好奇の目を向けるようになった・・・ ・・・そして今の自分がいる。多少周囲の状況は改善されたものの、やはり普通に接してくるのはまぁちゃんだけだった。 そのころの俺を見てある俺の知り合いは廊下ですれ違った時に「肩で風切って歩いてるな」などと言ったくらいだ。 そんな俺に普通に接することができる人間などそうはいなかったろう。 今であればキレる子どもが問題になったのであろう。 だが教師たちもそれまでにさんざんいじめまがいのことをされていた私には何も言わなかった。 普段の態度はさておいても成績はそこそことっていたので親もまた何も言わなかった。 しかしそんな態度もいつまた暴れだすかもしれない自分を隔離しているようで・・・ますます他人との隔たりは大きなものとなっていった。 「何をやっているのかなぁ?」 「うわっ!なんだ!どこから沸いて出たんだまぁちゃん!」 「うちのビルは君の家より高い場所にあるんだから・・・丸見えなんだよね。で、こんなところでなにやら思索に耽ってる馬鹿がいる ・・・これはもう構うしかないっしょ」 思わず苦笑する。こいつは昔からこんな奴だ。なにか人恋しいときに現れては俺を正常に戻してくれる。こいつがいなかったら・・・ もしかしたらそのまま本当に社会のはみ出し者になっていたかもしれない。 「馬鹿はおまえだよ。それだけのためにあそこからここまで・・・階段しかねぇんだぞ、ここは」 自分がどんどん変わっていくなかで隣にいつまでも変わらず笑ってくれる奴がいる・・・これは幸せなことだと心の底から思った・・・ ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- scene3 私立南青山高校講堂 カリカリカリ・・・ただ鉛筆の音が鳴り響く試験会場で、私は退屈をしていた。 「ふああ・・・簡単だよ、これ・・・おもしろくないし・・・」 最後の試験、英語の終了20分前。そんなことを言い出す私に周囲がびくっとする。 くくく・・・我ながらいやな奴だよな・・・ 「寝るか・・・」 私は苦笑を押し殺しつつ終了の合図を待った。 40分後・・・同303教室 ス・・・真新しい教室のドアを開けて面接室に入った。 「失礼します・・・」 「はい、どうぞ、お座りください」 「さて、あなたの志望動機はなんですか?」 「はい、私は前々からミッションスクールに興味があり、また本校が英語教育を重視して・・・」 決まりごとを並べる。つまらない。本当はここを受けたのはまぁちゃんが既に推薦でここに入ることが決まっていたのと、校則がゆるい からなのだが・・・そんなことを言ってしまっては当然落とされる。さすがに私は人生設計を崩してまでそんな真似をする気はなかった。 「ん〜、終わり!今日はもう帰って寝るか!」 面接も終わり、午後の日差しも弱まるころ、私は駅まで歩き出していた。 「よっ、お疲れさ〜ん!」 なれなれしく声をかけてくる女がいる。誰か知り合いでもいるのかと思ったが・・・それはまったく見覚えのない人間だった。 「え、え〜と、どこかでお会いしましたっけ?・・・すいません、人の顔を覚えるのは苦手なんで」 「あ〜、いいのよ、初対面みたいなものだし。・・・さっき会場で試験問題配っていたの。覚えてないかしら?」 「さっき言ったとおりです」 「あっそ。じゃあ改めて自己紹介するわね。私は南青山高校2年の相馬悠。よろしくね。 ・・・って、よく考えると君達が入ってくるころには3年になっているわね」 「で、その 先輩が何か御用で?」 「そんなつっけんどんな態度をとるもんじゃないわよ、もしかしたら後輩になるかもしれないんだし。ね、涼君♪」 「な、なんで俺の名前を・・・しかもいきなり名前で・・・」 「受験票見た。だって君の苗字難しくて読めないし」 「なんで名前の読みが"りょう"だとはわかるんですか・・・それに行儀悪いんじゃないですか、勝手に人の名前を見るなんて・・・」 「細かいことは気にしない。変わったコがいるから気になっただけじゃない。光栄に思いなさいって♪」 納得がいかない。たしかに含み笑いをしているアヤシイ奴だった覚えはある。が、それだけでこんな人にマークされるとは・・・ 「それにまんざら初対面というわけでもないのよね・・・」 「え?」 「いやいやこっちの話。ま、そんなわけだから。またいつか機会があったら会いましょう。・・・それも運命なんだけどね」 「ええ?そ、それはどういう・・・」 「じゃあ、用事あるんで帰るわ。元気でね、涼君!」 ・・・行ってしまった。疾風のように過ぎ去るというのは彼女のためにある言葉かもしれない。 「それにしてもこの俺が圧倒されるとは・・・なんて女だ・・・あ、一応センパイか」 「そうそう、一応センパイなのよ。少しは敬意を払うようにね」 「わあ!帰ったんじゃないんですか!」 「んっん〜。よく考えたら今日は電車で帰るつもりだったんだわ。というわけで駅まで一緒に行きましょ」 「・・・・・・」 断っても無駄であろう。独り言を聞かれてしまった・・・恥ずかしい。 「わかりましたよ・・・じゃあ行きましょうか」 「うんうん。素直が一番だよ」 そんな言葉に昔のことをふと思い出した・・・ ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- scene4  2年前・・・祖父宅・・・ 私はどこか人を見下したようなプライドの高い人間だった。それがかっこいいと思っていたし、なにより自分より優れていると思える人物 が同年代にはいなかった。だから他人のいう事を素直に聞くということはあまりなかったが・・・ そんな自分を変えた人がいた。その人は数少ない尊敬できる人だった。 和也叔父さん。いろいろなところで厳しいところもあったが、本当に底抜けに優しい人だった。 ある時、私がりんごをむこうとして、ナイフもろくに使えず馬鹿にされたことがあった。 「おめえは、この不器用!貸してみろ!・・・ほら、こうやんだよ。やってみな」 「う、うん・・・」 何度もうまく切れずに皮に実がこびりついた。それでも私はやめなかったし、隣で和也叔父さんは見守っていてくれた。 「あ・・・出来た、出来たよ!」 「やったな。ほれ、食え」 「あ〜・・・長かった・・・ここまでが・・・」 「自分でむくとうめえだろ」 「そうだね!ありがとう!」 「ははは・・・なあ、わかったろ、他人の苦労が。大変なんだ。人の痛みも・・・わかってやれよな・・・」 「うん・・・」 「つっぱっててもおもしろくねえぞ。一度しかない人生なんだ。つまらないより楽しいほうがいいだろ?だったら・・・友達だって多い ほうがいいんじゃないのか」 まぁちゃんが作ってきた肉じゃがを食べずに捨ててしまったことを言っているのだろう。 「そうだね・・・」 「よし、夜になったら飲みに行こうな!」 「うん!」 「子どもに何言ってるの!」 母親もこういうことはさすがに厳しい。まあ中学1年生を飲みに誘う叔父さんも叔父さんだが。 「うへえ・・・わかってるって。オトナになったらな」 そうして人の痛みをわかろうと思うようになった。他人にやさしくしたいと思うようになった。 ・・・結局性格は元に戻ってしまったが、その気持ちは変わらず残った。今も忘れてはいない。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- scene5表参道駅 「はろはろ〜」 「うわっ!センパイ・・・ってあれ?もう着いてる・・・」 「なんだか遠い世界に旅立っていたようだからこっちに引き戻すのもアレかな〜と思って。でも着いたから」 「すいません・・・なんだか昔のことを思い出してしまって・・・」 「・・・そう。現在をうまく生きられないくらいなら過去なんて捨てたほうがマシだわ。・・・もっともあなたがそういう人とは 思えないけど」 「・・・いろいろと含みのある言い方ですね・・・嫌いではないですが・・・」 「まぁ、今を明るく生きましょうよ。ね!」 思わず私は苦笑して、 「そうですね。では僕はこっちなんで」 「あれ?電車で帰るんじゃないの?」 「いえ、ちょっとこのあたりを見て回ろうかと思いまして・・・あ、遠慮しておきます」 「まだ何も言ってない」 「・・・それは失礼。ではまた」 「うん。またね〜」 ・・・おかしいな。普通に「また」という言葉が出てしまった。まだ入学どころか試験の結果すら出ていないというのに。 ほんと人生はおもしろいものだな・・・ そんなことを考えながら"俺"はまったく知らない街を歩き出した・・・                                         continue to the next scene.......