「なんや・・・片足失のうて、病院のベッドを片時も離れられず、妹の面倒見ることも、洞木を抱いてやることも出来へんわしを・・・ わざわざ殺しに来おったか・・・」 男は何も応えなかった。そして何事か呟くと静かに引鉄を引いた。 本来なら10人目の適格者になるはずだった男、いや少年というほうが正しいかもしれない。 彼の名はモト。それ以上でも以下でもなかった。 今は陸自の特務仕官として働いている。今日もそんな任務のひとつをこなしたのだった。 適格者を全て殺せ・・・それが任務。4thchildrenとして使徒に乗っ取られたとはいえ参号機を動かした実績を持つ鈴原トウジ。 日本政府と海外、そしてゼーレから疎まれてやまぬエヴァンゲリオンの操縦者。 彼自身にとってもトウジは消されて然るべき存在だった。 もうすでに2組の生徒は全員排除済みだった。あとは1組の数名だけである。 彼は精神病棟を離れるとすぐに第三区画のシェルターに向かった。 「い、いやよ。やめてちょうだい!そ、そんな・・・モトヤ君・・・」 パシュ・・・通路に鈍い音が響く。 この女は簡単だった。以前知り合いだったので呼び出すだけで済んだ。 「私の名前はモトだ・・・死神を冠するモノ・・・ああ、それから・・・4thはもう死んだ。安心して眠りにつくがいい」 たしか洞木という名前だったと思う。委員長という役職で常に口やかましかった覚えがある。だが、それだけだ。 「来るなら来い!部屋に入ってきた瞬間にひとりでも多く道連れにしてやる!」 そんな独り言が盗聴機から聞こえる。だが相田ケンスケがその銃を使うことはなかった。 次の瞬間には彼の住む家の半径20m以内は跡形もなく消え去ったからである。 これで全ての任務が完了した。あとは指令所まで戻り次の仕事を待つだけだ。 ・・・ふいに10mほど先を人影がよぎる。モトの記憶の中でその顔が思い浮かぶ。 「綾波・・・レイ」 ふいに笑みがこぼれる。人殺しそのものが楽しいわけではない。 だが・・・彼女は死ぬ間際にどんな言葉を私に遺してくれるのだろう。そんな考えがよぎる。モトの口の端が醜くゆがんだ。 その影を追って道の角を曲がると、そこは空家だった。膨大な心のログの中からその場所の名前が思い浮かぶ。 マルドゥック機関の108番目のダミー。そこはそんな場所だった。 ここに逃げ込んだか。そう思いドアを開ける。しかしそこにあったのは思惑とは違った顔だった。 「出水ニ尉。いや、モトヤ君。ご苦労だったな」 「・・・はっ。五島一佐。任務遂行致しました」 心の中で私をモトヤと呼ぶなと毒づく。しかしそんな思考もふいに中断される。 チャッ・・・次々と銃を構える音が聞こえる。その広い空間があっという間に武装した自衛官10人に包囲された。 「私が最後のひとり・・・というわけだな」 10人目の適格者。そして今ごろ排除されているであろう初号機、弐号機のパイロットと同じ数少ない厄介者。 「そういうことだ。・・・モトヤ君、本当に・・・」 何か最後に言葉を聞いたようだったが、それがなんだったかはわからない。 ふと横を見ると綾波が居た。死が間近に迫る中で・・・彼女が看取ってくれるような気がした。 私は・・・あの13番目のカードが演じる死神の役を演じきったのだろうか。それとも・・・ ・・・ひとつだけ伝えたい言葉があったように思えた。だが、悲しいことにそれは声にならなかった。 「・・・」 何事か呟こうとした瞬間、世界は闇に閉ざされた。         続く