5月25日 火曜日 快晴
先任の東北地方より二日がかりでここ、喜界島に到着する。
平時であれば鹿児島より航空機で1時間10分、奄美大島より15分。そんな場所である。
奄美十景に数えられるこの地は長き戦乱すらも知らないように見えた。
だとするとやはり幻獣共生派の言うように彼らも自然の一部なのか?いや、それを認めるわけにはいかない。それを認めることはすなわち何もせずに死ぬということだ。
自衛軍に残された数少ない駆逐艦、白天。
駆逐艦といっても武装はほとんどなきに等しい。積み荷も兵士と補給物資がほとんどだ。
その力を発揮できず輸送艦に成り下がる軍艦。人が相手であれば活躍もできたろうが幻獣が敵では・・・な。
そんな無念を感じながら甲板に出ると、目的地、喜界島が見えてきた。
湾港。喜界島北西に位置する小さな港町。九州から幻獣が撤退したとはいえいまだ制空権は取り戻されていないため空港は使えない。だからこそ我の仕事があるのだが。
艦内の空気が慌しくなる。白天は寄港できないためここからはボートを使うようだ。人員輸送には十分であるが補給物資の運搬はつらそうだな・・・
「こちらです、十翼長」
船員に声をかけられる。上陸が始まるようだ。
「お荷物をお持ち致します」
「ありがとう。でも大丈夫よ。たいしたものはないから」
本当にたいしたものはない。最低限の着替えと食糧だけだ。多目的結晶があるため必要なものは多くない。
どうもこの身体にまだ慣れていない。女言葉も自分で使っていて気持ちが悪い。
が、こればかりは仕方ない。慣れるしかない。なぜ我はこの身体を選んだのだ・・・?
しかしもともと第6世代は生殖能力を持たないため女性特有のものに悩まされることはない。
これはまあ馴染むのが早くて助かるが・・・人として歪んだ彼女らが元の姿に戻る日は来るのだろうか。
いや、あるべき姿に戻さねばならない。そのために我はここへ来た。我は全ての悲しみと戦いの集結を希望する。O・V・E・R・S。
ほどなくして湾港が見えてくる。しかし幻獣共生派の言うことも嘘ではないな・・・戦争のあった地域だというのにあんなにも緑が生い茂っている。
しかしそこに爽やかさを感じる余裕はない。それはこれから戦場に向かわねばならないという緊迫感のせいではない。
この男だ。隣で胃の中の物をぶちまけている男。なさけない。だいたい第6世代が船酔いなどするのか?
甚だ不愉快である。襟章を見ると十翼長とある。・・・むう。我が介入したてとはいえ同じ階級とは。
このまま捨ておいてはこちらまで気分が悪くなる。仕方なく声をかけることにした。
「あの・・・大丈夫ですか?」
男はどうやら吐くものを吐き終えたようだ。青白い顔をしながらこちらを向く。
「ああ・・・すいません、どうも・・・」
ふと気付く。この男・・・我と同じ匂いがする。
「あなた・・・」
言いかけた我の唇に指を添える。
「その話は上陸してからにしましょう。十翼長。おそらく同じ小隊の所属になりますしね」
「・・・ええ。わかったわ」
さっきまであれだけ弱っていた男の目に鋭い光が宿る。ふむ。さっそく問題発生か。
我は素早く事態の収拾方法について考えた。まず穏便でない方法が候補に上がるあたりが我らしいと思う。
ほどなく港に到着する。先任の下士官が数名停泊作業にあたっている。そんな光景を横目にしつつ我も上陸する。
さて、どうしたものか。まずはさきほどの十翼長に声をかける。
「あの、お話が・・・」
「ええ、わかっています。では人の少ないほうへ・・・」
しかし傍から聞いていたら誤解されそうな会話だな。我らが「まとも」なら誤解ではないかもしれぬが。
上陸する兵士や補給物資から少し離れた小高い丘に座る。男も黙って腰を降ろした。
「さて、聞かせてもらおうか。お前はどこから来た」
「あらら・・・なんだい、OVERSさんは男かい?う〜ん、じゃあまあ率直に行こう。俺は永野。永野英太郎。
君が第7世界出身なら聞いたことがあるだろう。でもそれはこの個体の名前でね。調べたが同一存在ではないらしい。そもそも同一存在が介入を許すはずもないしな」
「・・・そうか。ならば問題ない。我の邪魔さえしなければあとは好きにせよ。それから男と言った覚えはない」
「その物言い、あんた芝村かい?でもOVERSはセプテントリオン系ではない・・・」
「この口調は趣味だ。心酔するというほどではないが多少は田神の影響を受けているかもしれぬ」
「そういうことね。まあいいや。こっちも同じくそちらさんがちょっかいをかけてこない限り干渉する気はない。数少ないお仲間同士仲良くやろうや」
「あいにくこの身体は女性のものなのでな。必要以上に仲良くする気はない。が、まあ一応よろしくとは言っておこう」
「よろしく。しかしなんだな、友人によく似ているよ。どこかで会っているかもしれないな」
「・・・それはないな。第7世界でもネットは相当な広がりを見せている。偶然とはそう簡単に起こるものではない」
「なら起こせばいいじゃないか。メールアドレスを教えてくれよ」
「断る。言ったはずだ、お前と馴れ合う気はないと」
そう言いきり立ち去ろうとする。我は気安い人間は信用しない。信頼とは長き時を共にしてこそ得られるものだ。時に鮮烈な経験を共にすることによりそれを得たと勘違いするものが居るがそれは錯覚でしかない。
「ああ、ちょっと待った。あんたの名前、教えてもらってないぜ」
「・・・おそらく同じ部隊になる。そのうちわかるだろう」
「そういうもんじゃないだろ。お互いこの世界に知り合いは居ないんだ。ここでだけでも友人になろうぜ」
そうだな。それもよかろう。我は「彼女」らしく振舞った。
「・・・飛子室です。名前は沙羅。よろしくお願いします、十翼長」
「へ〜へ〜。よろしく。階級は同じだ、タメ口でいいだろ」
「ええ、かまわないわ。私はこれから小隊指揮所に行くけど、あなたと一緒に居ることを誤解されたくないの。先に行くから後から来てね」
「・・・へ〜へ〜。5分後に行きますよ・・・」
我はしばらく歩いてから「そういえば第7世界のどこの出身かを訊くのを忘れたな」と思った。まあおいおいわかるだろう。
多目的結晶で地図を呼び出す。あらかじめデータは調べておいた。もともと我のものにはオートマッピング機能を追加してあるからしばらく歩けば道に迷うこともないのだが。
それにしてもいかに戦時下とはいえ給食センターが校舎兼詰め所とは・・・いや、建物が残っていただけでも感謝すべきか。
我は小隊隊長室のある給食センター・・・呼び名があまりに不恰好なので小隊基地としよう・・・の一階に向かった。
ふと後ろを振り向くともう永野が追いついていた。・・・早過ぎる。まったく、これでは何のためにあの場を別々に発ったのかがわからないではないか。
「なんだ」
不愉快そうな口調で言ってやる。永野は少したじろいだが、すぐに気を取りなおした調子で
「いや、ひとつ言い忘れてさ・・・俺、船苦手なんだよ。さっきわかったろうけど。で、海上を移動する時は介入をやめるからその時はフォローを頼む」
「・・・まあいいだろう。引き受けた」
「ありがとさん」
小隊基地に入ると、あちこちに張り紙が出ていた。曰く、「←小隊隊長室」、「→整備班詰め所」、「↑教室」etc・・・
多目的結晶を持つ第6世代が情報伝達に張り紙とは・・・前時代的ではあるが、我には馴染みが深い。少し安心を覚える。
張り紙通りに進んでいくと、この建物の本来の用途である調理場の隣に隊長室はあった。元々は休憩室だったのだろう。
「失礼します」
ノックと挨拶をして中に入る。そこには数名の男女が既に待機していた。
「来ましたね。え〜、本日配置される人員はこれで全部です。ではさっそくですが・・・」
そういい一人の男が話を始める。
「石塚です。階級は千翼長。一応この小隊の司令にして設営委員長となります。よろしく。あ〜、諸君らを預かる身として、また、一人の将校としてこの場に立てることを光栄に思い・・・」
「失礼ですが千翼長」
「ん・・・何かな、松尾君」
何か物々しい印象を受ける戦士が口を挟む。
「スピーチはほどほどにして指令を戴きたく存じます。それと、互いの信頼を深めるべく自己紹介もするべきかと思いますが」
出鼻をくじかれた、といった感じで石塚が嫌な顔をする。しかし正論だ。
「ふむ・・・そうですな。え〜、私の自己紹介は先程行いました。今のところ副司令も到着していませんから・・・そうですね、時計回りでいきましょう。では、せっかくですから松尾君から」
そう言って戦士の肩を叩き、椅子に座る。
「はっ。では・・・」
んん・・・と咳払いをすると松尾が口を開いた。
「おひけぇなすって!あっしは松尾忠則。生まれは東北、育ちは江戸、浅草でござんす。あ、一同よろしくお頼み申し上げやすぅ〜!」
・・・皆が呆気にとられた。我も一瞬我を忘れた。前言撤回。ただの馬鹿だ。
隣に居た女の子の眼鏡が光る。その光は何処かで見たことがあるような気がした。
「あんたは渡世人か」
その一言で皆が正気に戻った。一瞬その女の子に視線が集まった・・・かに見えた。
「やっておしまい」
「な、ちょ、ちょっとした冗談で・・・ぬあああああああああああああああああ!」
・・・松尾は数名にボコられた。我はその集団に石塚が混じっていたのを見逃さなかった。・・・さっきのことを根に持っていたのだろうか?
・・・数分後。
「というわけで山本えりすです。小笠原方面軍から転属になりました。よろしくお願いします」
そう言って眼鏡をかけた少女は笑った。
「あ、さっきのは関西人の使命というか・・・つっこみを入れなきゃいけないような気がしまして。え〜と、でも普段は聞いての通り標準語です。気兼ねなく話しかけてくださいね」
いや、無理だと思うが。特に松尾。
「それとですね・・・司令」
いきなり話を振られ少し慌てる石塚。
「ん・・・なんだね十翼長」
山本は石塚に歩み寄ると他の人間に聞こえない声で何かを言った。石塚の顔色が変わる。
「はい、交渉の結果島内放送のDJを担当させていただくことになりました。それも併せてよろしくお願いしま〜す!」
・・・いったい何を言ったのだろう。上司に対する態度ではない。石塚は二つも階級が上のはずだ。
まだ顔の青い石塚が話を続ける。
「え、え〜、そういうことになりました。・・・気を取りなおして・・・次は蔵野君」
「は、はい!」
呼ばれた少女が元気よく返事をする。綺麗な黒髪が印象的だ。
「蔵野・・・む、あ、いえ、すいません。みずほです。前の部隊ではオペレーターをやってました。戦士です。よ、よろしく・・・こんな感じでよろしいでしょうか、千翼長」
「ええ、かまいません。しかし戦闘中にどもるのはやめてくださいよ」
石塚の言葉に皆が反応する。戦闘中の伝令ミスは死に繋がる。あながち笑い事ではない。が、それでも笑い上戸なのか、永野が妙な顔をしている。・・・たしかに我らは死にはしないが・・・
「では、え〜、さっき来た君・・・自己紹介を」
我の番だ。さて、一応この身体は女だ。どんな挨拶をするか・・・
しばし逡巡した後、無難に答えておくことにした。
「飛子室沙羅十翼長です。パイロットとして東北方面から赴任しました。以後よろしくお願いします。何かあったら気軽に声をかけてください。悩みを聞くくらいなら出来ますから」
介入した時に集めた資料に中学時代はカウンセラーを目指していたとあったのでこう答えておいた。石塚の手元に資料が行っているはずだから本来の人格からかけ離れた発言は出来ない。
・・・何か視線を感じる。なんだ?この感じはどこかで・・・
ふと辺りを見まわすと松尾と目が合った。慌てて目を逸らしている。・・・なんなんだ?
それに人数が減ったような気がする。・・・そうだ、あいつが居ない。
「けっこう。では次・・・」
石塚はそれを言い終われなかった。
ガシャアアアアアアアアン!景気よく音を立てて隊長室の窓ガラスが割れる。と同時に永野が飛び込んできた。
「ふはは!男たるものこれくらい派手に登場せねばな!」
さらにいつの間に設置したのかバックに花火を背負っての登場だ。インパクトはある。たしかにある。が・・・
「やっておしまい」
「ちょ、ちょっとしたお茶目で・・・ぎゃふ!ぎょえええええええええ〜〜〜〜!」
犠牲者二号のご冥福をお祈りする。
・・・数分後。
「と、というわけで永野英太郎でふ。芸術は爆発でふ。よ、よろし・・・ガクッ」
あ、倒れた。
落ちついたところで石塚が話し始める。
「一通り自己紹介は終わりましたね。ではさっそく活動を・・・と言いたいところなんですが、見ての通り我が小隊は人員が足りていません。おまけに装備も届いていません。そこで、今日のところは自主トレーニングとします。各自身体を鍛えておいてください。また、チームワークがなってなければいざという時に幻獣という存在に太刀打ちできません。ですのでお互いの親睦を深め合うのも良いでしょう。・・・松尾」
「はっ」
さすがに小隊付き下士官だけあって真面目な時は真面目なようだ。きびきびとした返事が返ってくる。
「小隊倉庫番を命じます。皆さん、必要なものがあれば彼に言ってください。まだ物資もろくに届いてませんが、とりあえず一ヶ月分の食糧くらいは用意してありますので。」
ふむ。どうしようか。訓練に励むもよし、仲間と親睦を深めるもよし、か。
とりあえず我は手近に居た松尾に声をかけることにした。
・・・続く。